あと1センチ 「ラウンドワン、赤コーナー……忍足ーっ!」 「っしゃあ! のしたるでえ、山田!」 「青コーナー……山田ーっ!」 「はあー? アホ、返り討ちにしたるわ!」 「「「「「うえーい!」」」」」 ……男子という生き物は、教室で悪ふざけをしないと死んでしまう奇病にでもかかっているのだろうか。 昼休み終了までの貴重な残り時間。本来であれば読書に専念しようと思っていたその時間は、突如始まった謎のプロレスごっこによって見事に台無しにされてしまっていた。それもまた、よりによって自分の座席の目の前で。あからさまに睨みつけてみたところで誰一人として視線が合わない上、わざと強めに閉じた本の音はすっかりその狂騒に掻き消されている。要するに、苛立ちに気づかれてさえいない。(いちいちコーナー分けされていたりきちんとレフェリーが存在していたり、無駄に本格的なところがまたイライラする) ……はあと溜息をつきながら、死ぬほど楽しそうな男子たちをまるでゴミを見るような目で見つめる。言ったところで無駄なので口には出さないけれど、うるさいし危ないし、埃は立つしで最悪だ。 「(もう、頼むからどっか他でやって欲し)「ちょっ、あかんあかんあかん! 危なっ!」」 「!?」 ……ほんの一瞬の出来事でも、まるでスローモーションのように感じた。 ぶわりと宙に浮きながらこちらに向かって吹っ飛んでくる忍足。(怖すぎ)その動きを綺麗に首で追う他の男子軍団。そして、机の上の本で咄嗟にガードするあたし。 ――巻き添え。その一言が脳裏をよぎる。もっとも、それに気づいたときにはあたしも既に、何かにぶつかったような激しい衝撃と共に吹っ飛ばされていたのだけれど。はいお約束。どんがらがっしゃんどっしゃんびっしゃーん!(やけくそ) 「んん……」 ……いや本当、プロレスはおろか、そもそも何とも戦ってすらいなかったのに。 椅子もろとも吹っ飛ばされたあたしは、そのまま後ろに倒れ込んでいた。痛い。普通に頭ぶつけたし、何かくらくらする。 「ってて……す、すまん……大丈夫か? って、おわっ!?」 「……っ!?」 視界に入ったのは、異常なまでにどアップの忍足の顔面だった。(ぎゃあ!) 野次馬として一連の流れを目撃していた男子軍団がワッと湧く。顔面の近さもそうだけれど、この押し倒されているような体勢も理由の一つだろう。忍足(おしたり)だけにって? あはははははは。……もう、全然面白くないし、とりあえす男子全員死んでくれないかな。マジで。 「おー、惜しかったな謙也!」 「つーかどさくさに紛れて何そっち倒れとんねん、絶対わざとやろ」 「いやー、二人のキス見れんくて残念や」 「(!?)」 「ちょっ! アホ、自分ら何言うて……いや、ちゃうねん! ホンマわざとちゃうねん!」 げてげてと笑いながら囃し立てる男子軍団に、くねくねと体をうねらせながら、真っ赤な顔で否定する忍足。 ……ここで照れたり恥ずかしがったりしたら、こいつらの思うつぼだ。 「……あのさ」 「「「「!」」」」 自然と口から飛び出していたのは、今までに出したこともないほどの低い声だった。地底から響くようなそれに、男子軍団の姿勢もまた、自然としゃんとなる。 「そういうのマジでいいし、騒ぐならどっか別のとこでやって。あと忍足は今すぐそこをどけ」 「「「「……はい」」」」 慌てて離れる忍足と、雁首揃えて縮こまる男子軍団を見渡したあと、仕上げにチッと舌を打つ。(今回ばかりは被害者なので、さすがに許して欲しい) こうして、体勢と、ついでに吹っ飛んだ椅子を直したあたしは再び読書に専念する時間を取り戻すことができた。けれど。 ……どアップの忍足の顔面がなぜだか頭から離れたかったせいで、ページを捲る手は一向に進まなかった。 (いや、ないない。本当ドキドキとか、そういうのじゃないから……) (2008/10/09) |