そのキスを残して 「さーちゃん家泊めさせてもらってそのまま学校行くから。いやだからさーちゃんだってば、知ってるでしょ? 二丁目の角のとこ。大丈夫、よろしく伝えとくから」 我ながらよくもまあこんな嘘が通用すると思う。(もっとも、本当は全部見透かされているのかもしれないけれど)……とりあえずは比較的放任主義の親でよかった。きちんと連絡さえ入れておけば大して詮索されたりしない。いやしろよって感じなんだけどね、本当は。 AM7:00。耳元の小さな振動で目が覚めた。 すぐ隣から聞こえる豪快ないびきではなく、こんな小さな器械に起こされてしまうのは癪だけれど仕方がない。まだ完全には開きそうにもない瞼をゆっくりと擦りながら、携帯電話のアラームとして動き続けているその振動を静かに止める。 「ちとせー」 「……んー」 「今日も学校行かないの?」 「……んー」 「……(ダメだ、起きないなこれ)」 起きているのか眠っているのか、どちらにしろ無限に続きそうな生返事にはあと溜息をつく。このまま一緒にサボってもよかったのだけれど、必要最低限の家具ぐらいしかない千歳の部屋ではろくに暇も潰せない。それをわかっていたからこそ、あたしはシーツに包まりきれていない千歳を起こすことなく一人洗面所へと向かった。 寝巻き代わりの男物Tシャツにパンツ一丁というひどく間抜けな格好のまま、顔を洗って歯を磨いて。それら全てを終えて、ようやく制服に腕を通す。上のブラウスはさておき、下のスカートはそのまま床に放置していたせいか微かに皺がついてしまっていた。千歳の家に来るといつもこうなるんだって、毎回反省しているのになかなかやめられない。同時に、ギリギリの範囲で許されているこの拙いおままごとのような半同棲もどきもだ。(千歳のお父さんお母さん、一人暮らしの息子さんのところに夜な夜な転がり込んで本当にごめんなさい) 「……飯は食わんと?」 「(あ、起きた)」 のそりと起き上がってきた千歳は、寝起きの頭をぼりぼりと掻きむしっていた。 まるで、着替える前のあたしと似たような格好だ。上は裸。下はパンツ一丁。……自分のことは全力で棚に上げさせてもらうけれど、早く何か履いてくれないかな。 「んー、コンビニ寄ってくからいいや。千歳んち何もないし」 「ハハ、本当に何も入っとらん……お、牛乳」 冷蔵庫から2リットルの牛乳を取り出した千歳は、それをコップに移すこともなくそのまま口をつけていた。ごくごくと、太い喉を鳴らしながらの起き抜けの一杯。格好そのものは不健全極まりないけれど、その行動自体は健康かつ健全でよろしい。 「……あたしもう学校行くよ」 「はいはい、行って来んね」 「(いや、本当だったら同じ場所行くはずなんだけど)……いってきます」 「ん」 「、」 去り際に唇に触れたのは、ほんのりと生暖かい感触だった。……色々と思うところはあるけれど仕方がない。何しろ、相手が相手だから。 月曜日の朝、何もない部屋に当然のように残ったままの千歳は、まるで他人事のように笑いながらあたしを見送っていた。 (2008/10/09) |