※注意

・凛くんがひどい男です
・幸せな話ではありません

ご了承いただけた方のみどうぞ


















































 


キスと涙と夏の嘘

「キスして」
「へーへー」

 4現目の授業をサボってやって来た、二人っきりの空き教室。白いカーテンにこっそりと隠れながらしてもらうキスは、決して嫌そうな素振りこそ見えなかった。けれどこう、義務的と言うか、投げやりと言うか、仕方なしにと言うか。幸せは幸せでも、毎回毎回、必ず自分からせがむ上、最終的にはあからさまな生返事と共に適当に与えられている。
 正直、そんなのはもうとっくに気づいていた。けれど。
 ……それでも、独占できるならそれでいい。世界一愚かな幸せ者のままでいることを選んだあたしは、そのまま気づかないふりを決め込んでいた。


『凛』

 クスクス、と不愉快でしかない甲高い女の子の声で聞こえた凛の名前。そして、続けざまに聞こえてきた他の女の子の名前を呼ぶ凛の声。……最悪、これだけならまだ何かの間違いかとも思えたし、仮に間違いじゃなかったとしても、あたしにとってはギリギリ許せる範囲だった。元々凛は男女の垣根がそこまでないタイプだし、何よりも、普通にモテるから。ちょっとぐらい他の女の子と仲が良くたって仕方ないだろうって。
 けれど、あたしは見事に現場を見てしまった。凛が知らない女の子と、それはそれは楽しそうに笑ってキスをしているところを。

(世界一愚かな幸せ者の称号は、たまたま通りかかってしまった非常階段の下で一瞬にして粉々になってしまった)


「ハルミって誰」
「あー? 顧問のハゲに決まってるやし」

 先日と同じ、誰もいない二人っきりの空き教室。あえて同じ状況にしたのは、自分の本心を確かめるための意図もあった。あたしが世界一愚かな幸せ者のままでいれるかいれないかの中、ぶつけてみたどストレートな質問。これで、ちょっとでも動揺する素振りがあれば、まだ可愛気があると言うのに。
 ……動揺するどころか、凛は平然とあたしに嘘をついていた。それも、まったく無関係な早乙女先生まで巻き込んで。チョイスからして完全にふざけている。

「ふーん、凛ってホモの上におっさん趣味だったんだ」
「……はあー? ……やー、何が言いたいんさ」

 不機嫌そうに変わった声色に、少しだけ眉を顰める。いや待って待って、あたしが悪いの? 悪いのそっちでしょ。よりによって早乙女先生の名前で誤魔化そうとしたくせに開き直ってんじゃないよって。
 横面を引っ叩いてやるには、充分な理由だったと思う。けれど。

「ううん、何でもない。ごめん、忘れて」
「……」
「本当に何でもない、だから、凛」
「……」
「……キスして」

 凛のことだ。こうすればいつもみたいに、何事もなかったようにまたあたしにキスをしてくれるはずだって。
 我ながら馬鹿げていると思う。けれど、それはどこまでも愚かなあたしの最後の悪あがきだった。そしてまた、凛も凛で愚かなことに、本当にそのとおりの行動をしていた。ただし、それなりに罪悪感を感じているのか、いつもよりずっと、ずっと丁寧に。

「……いや、ちょっと待って」
「、」

 ずっとそれを望んでいたはずなのに、胸の奥から込み上げてきたのは嬉しさなんかじゃなかった。怒りと悲しみ、そして、どうしようもない悔しさから、目の前の凛の胸板を力なく突き放す。

「何で」
「あー?」
「何で平気でできんの」
「……ぬぅーが、面倒くせーな。やーがしろ言ったんばぁよ」
「いや、意味わかんない。ごめ、ちょっともう、さすがにさあ……」

 一言一言必死に繋ぎ合わせた言葉も、ぽろぽろと自然に溢れていた涙も、止めることができなかった。もっとも、心底面倒くさそうに吐き出された溜息がその証拠だったように、あたしが泣こうが泣くまいが、凛としてはもはやどうだってよかったのだろうけれど。
 多分、あたしと凛の関係はこれで終わりを迎えるのだろう。ただ、教室の窓から吹きつける風からは、皮肉なことに夏の始まりの匂いがしていた。



(2008/10/10)