捕まれた腕

「いや、ホンマに帰るんすか」
「え」


 部活を終えた、PM18:30。日報も書き終え、着替えも済ませ、あとはもう、そのまま施錠をして鍵を返しに行くだけ。……だったはずなのだけれど。

「……えーと、何でこんなことになってんの?」
「さあ、何ででしょうね?」

 表情一つ変えずにしれっとそう言い放っていたのは、一つ年下の可愛い後輩だった。
 振り返りざまに掴まれた左腕に、手のひらの温度が直接伝わってくる。意外にも暖かい。と言うより、少し熱っぽくすら感じる。……いや、別にそれはどうだっていい。問題は、その行動に至った原因かつ経緯の方だ。

「……とりあえず、一旦放して? ちょっと痛い」
「んー、嫌言うたらどないしはります?」
「ええ……」

 原因と経緯を聞く前に、解放を要求する。けれど、実際はほんの少し力を緩められただけで、完全なそれには至らなかった。……さて、困ったぞ。

「……何か怒ってんの?」
「別に」
「いやそういう言い方する人って大抵怒ってるからね! 何、言ってよ」
「ちゃんと当てられたら放してもええっすけど」

 一方的に持ち掛けられた謎の交換条件に、頭を捻る。否定はされなかったことから、やっぱり何か怒っていることは間違いない。けれど。
 ……本当に突然のそれだった以上、理由なんてわかるわけがなかった。部活中はもちろん何もなかったし、せいぜいみんなが帰ったあと、ちょっとした雑談をしたぐらいだ。その内容だって別に、いつもと何も変わらない。白石の顔が格好いいとか、謙也がアホだったとか。……少なくとも、財前のことを怒らせるようなことは言ってない、はず。多分。

「え、いやちょっと待って。本当にわかんないんだけど」
「はあ……。ヒント、誰もおらん」
「? うん、ごめん全然わかんない」
「……本気で言ってます?」

 怪訝そうに眉根を寄せながらのその言葉に、こくこくと首を頷かせる。あからさまな溜息までつかれてしまったけれど、わからないものはわからないのだから仕方がない。

「ほんならもう一個ヒントあげますわ。いつもどおり」
「……? (いや、もっとわかんないんだけど)」

 財前の言葉はますますあたしを混乱させていた。(だって、誰もいない上できちんといつもどおりなのっていいことじゃないの? 逆に)もう、何だかよくわからないけれど、こんな風に小出しにされるぐらいならいっそのことはっきりと言ってもらいたい。それか、「わからんならええっすわ」ぐらいに引き下がってくれればいいのに。

「あー、部長が男前ちゅーとったんも入るんすかね? 癪やけど」
「え」

 引き下がるわけでもなく、だからと言ってはっきりと明言したわけでもない財前のそれは、ほとんど聞き取ることができないぐらいの小声でぽつりと呟かれていた。……いや、本当に。自分で言うのはとても、とても烏滸がましいのだけれど。誰もいないのにいつもどおりであることと、白石の顔がいいと言う発言で怒る(?)ということは、つまり。
 ……鈍感と言われがちなあたしでも、さすがにわかってしまう。けれど、ちょっと待って。突然の展開に気持ちがまったく追いつかない。

「(ええ……うそ、今このタイミングで?)」
「……一応言うときますけど、衝動的なもんちゃいますから」
「え、いや 待って、その」

 そんなことを考えているうちに、じりじりと距離を詰められていた。
 いや、近い近い近い近い近い。このままじゃ、うっかり壁にドンされちゃ……。

「観念した方がええんとちゃいます?」

 ……何と言うことだろう。可愛いだけだと思っていた目の前の後輩は、見たこともない雄の表情でにやりと笑っていた。



(2020/05/30)