俺とビキニと鈍感女 「ちょっと! 木手!」 「、」 バタンと、立て付けの悪い部室の扉が乱暴な音を立てて開かれる。着替え中の俺の元にドスドス……いや、ズンズンと駆け寄ってきたのは、ひどく鼻息を荒くした我が部のマネージャーだった。あまりにも堂々としたその様子から覗き目当てというわけでないことは窺えるものの、いつもながらそのデリカシーのなさには辟易してしまう。いくら男だらけのそれだとしても、女性としてもう少し別の登場の仕方はできなかったのだろうか。 「……あの、一応着替え中なんですがね」 「(無視)あたしダイエットするから! 付き合って!」 「……は?」 彼女の口から飛び出してきた、突然のダイエット宣言……は、別にどうだっていい。問題は、そのあとに続いた言葉の方だ。 「……意味がわからないんですけど、どういうことですか?」 「だから、ダイエットするの! あたしが!」 「いや、だからそれをどう付き合えと。別に痩せる必要ありませんよ、俺自身は」 「! ちょっと何それ! 嫌味!?」 「事実です」 自己防衛という名の先制パンチを食らわせたところで、ふいと視線を逸らす。正直、この時点で彼女の思惑は透けて見えていた。大方、自分が痩せるために色々と図々しい、かつわけのわからないことを考えているのだろう。 「えーと、付き合うっていうか、手伝う? うん、そっちかな。ちなみに明日から毎朝ランニング始める予定なんだけど、それに一緒に来てもらって「お断りですね」」 「!?」 ……それ見なさい、ご覧のとおりだ。制服の袖に腕を通しながら、はあとため息をつく。 何も、彼女が嫌いで冷たくしているわけではない。こと部活に関しては本当によくやってくれるマネージャーだ。それなりに感謝もしている……とは言え、他人を巻き込むこと前提の身勝手な頼み事をする神経、そして、当然のようにそれを受け入れてもらえると思っている甘さや浅はかさは、常日頃からどうかとも思っていたところだ。ある意味では、それを思い知らせるいいきっかけなのかもしれない。 そう、きっぱりと断った俺はそのまま何事もなかったかのように帰り支度を始めた。ところが、次の瞬間。 「、」 ……ガシッと、しがみつくように掴まれた右腕を二度見、いや、三度見する。 「……ちょっと、何ですかこの腕。放しなさいよ」 「やだやだやだ! 何で!? 何でそんなあっさり断るの!? 意味わかんない!」 ……見たところ、彼女は意地でも放す気はないらしい。じろと眼光を光らせてみたところで、スッポンのようにしがみつかれた腕の力はますます強まる一方だった。 「はあ……。意味がわからないのはこっちの台詞です。管轄外もいいとこですし、そもそもその手のスパルタは早乙女監督にやってもらいなさいよ。(しごき甲斐がありそうですし)きっと喜んで協力してくれると思いますよ」 「!? いや! ただでさえキツいのに朝から晴美とか本当無理! ねーえー! いいでしょ木手! おねがいおねがいおねがいおねがい! おーーーねーーーがーーーいーーー!」 「……」 正当な理由を説明しても無駄。早乙女監督という代理案を出しても無駄。 思った以上に諦めが悪い彼女に頭を痛めていたそのとき、いつの間にやら湧いて出……いや、近くにやって来ていたのは、少し離れたところにいたはずの甲斐君と平古場君だった。おそらく(色んな意味で)大好きな早乙女監督の名前が聞こえたからだろう。揃いも揃って小学生のような台詞を吐きながら、それはそれは楽しそうに手まで叩いている。 「おっ、ぬぅーが? 晴美の悪口か?」 「言ーってやろー言ってやろ! へイッ!」 「……」 ……普段ならため息が二倍になるような二人だが、今回ばかりは助かったのかもしれない。なぜなら、本来彼女と仲がいいのはこの二人の方だからだ。明るく、楽しく、ノリもよく。真面目にやるかどうかさえ別とすれば、それこそ早乙女監督以上に喜んで協力してくれるに違いない。 そう、二人の登場によって彼女の矛先が変わった今、俺はいい意味での鞍替えを期待していたのだが。 「あっ、いいところに! ねー、ちょっとちょっと!」 「ん?」 「あー? ぬぅーがや、」 「その、絶対怒らないから正直に言ってほしいんだけど……ぶっちゃけあたし、太った……よね?」 「え」 「あい?」 「、」 ああ、まずいと。見た目の変化を聞くだけの言葉に拍子抜けするよりも先に、聞く相手を間違えていることを指摘した方がよかったのかもしれない。 何だかんだで女性に甘い甲斐君はまだいい。問題はもう一人。この手の話題に敏感な上、実際の体脂肪率がたったの7%しかない平古場君の方だ。 「あ、あー……えーと、その……」 「おー、太った太った! パンッパンやしー」 「!?」 予想どおり。うようよと視線を泳がせながら(彼なりに)必死に気を遣う素振りを見せる甲斐君とは対照的に、平古場君は一切の躊躇もなく、ばっさりとそう言い切ってしまっていた。 「ふらー凛! も一応女子やっし、そんなはっきり言ったら」 「(えっ、い、一応!?)うそ……や、やっぱそう思ってたんだ……二人とも……」 「あっ! いやっ、ちがっ……太ったっつーかその、前よりちょっとぽちゃっとなったくらいやし、別に気に「いやー、言っていいもんかわからんかったあんに、ずっと黙ってたけどよー。明らかにきてるぜ。背中と……あー、あと二の腕んとこなー。ぶるぶるぶるぶる、羽みたいになってるばぁよ。そのまま空飛べそうやっし、ハハハ」」 「!? だーっ!? 凛! やーはちょっと黙っとけ!」 「(……)」 精一杯のフォローのつもりがまったくフォローになっていない甲斐君の言葉に、ズバズバと辛辣すぎる平古場君の言葉。……ここまで容赦のないそれも、ある意味では仲がいいからこそ言えることなのかもしれない。ただ、その結果として。 すぐ真横から、「ひっ」と短い悲鳴が上がる。……みるみるうちにげっそりと青ざめていった彼女は、そのままふらりと床へ崩れ落ちてしまっていた。 「!? あいひゃー! ちょっ、しっかりしろー!」 「え、ぬぅーがこれ? おい、どーゆーことさー永四郎。説明しれー」 「はあ……(ようやく放されたとは言え、なぜ俺が……)」 床に手を突いたまま動かなくなってしまった(!)彼女の代わりに、簡単に説明をする。 「……へえー。面白そーやし、そーゆーことならわったーが手伝ってもいーさー」 「おー。ももーちょい痩せた方がいいし、ちょうどいいばぁよ」 「だから凛! やーは一言多いんだっての!」 爛々と瞳を輝かせる甲斐君に、相変わらず辛辣ながらも乗り気な反応を見せる平古場君。……どことなく野次馬感は否めなかったものの(特に平古場君)、本来であればこれが正しい形だと思った俺は自ら進んでその役目を押し付け……ではなく、譲ろうとしていた。 ところが、次の瞬間。 「いや、甲斐と平古場じゃダメ!」 「、」 がばりと顔を上げた彼女から力強く叫ばれたその言葉は、俺以上に二人の方を驚かせていた。 はたと視線に気づいた彼女が、どこか言い訳にも近い様子でその理由を述べる。 「あ、ごめん。えっと、そのほら……どっちかって言うと木手の方がこう、本気でビシバシやってくれそうだし……あとチャリと竹刀が似合いそうだし……」 「……」 ありがたいと捉えるべきか、それともただのはた迷惑と捉えるべきか。しつこく俺にこだわっていたのも、本来仲のいい二人にあっさりと鞍替えをしなかったのも、彼女なりの理由があったらしい。ようやく判明したその理由に、俺としても一応は納得する。ただ、せっかく乗り気であったにもかかわらず一方的に断られたことが不満なのか、俺以外の二人はどこか納得のいっていない様子で口を挟んでいた。 「はあー? だったら永四郎じゃなくたって晴美でいーばぁ。沖縄一竹刀が似合う男やっし」 「そーそー。あんなベスト竹刀二スト捕まえてどこが不満さー」 「だから、晴美はいいの! ってゆーか、木手がいいのあたしは!」 「!」 二人を一蹴させていたのは、彼女の口からはっきりと聞かされたその一言だった。 決して、仲のいい二人より自分が選ばれたことに対しての優越感からくるそれではない。とは言え、本音としてはやはり悪い気はしないのだろうか、胸の奥がむずむずと歯がゆくなる。 ……あれだけ巻き込まれたくない。今の今までは、本気でそう思っていたはずなのに。 「はあ……わかりましたよ。そこまで言って下さるなら」 「!」 重く吐いたため息も、半ば諦めたような口調も、わざと大袈裟にして見せた。……わかっている。パアッと、目に見えて表情が明るくなった彼女に対して本当に甘いのは誰かということは、もう充分。(いや、俺としては本当に迷惑な話なんですよ? ただ、そこまで熱烈に求められてしまったら、ねえ?) 「本当!? やった!」 「ただし、協力するからには容赦しませんよ。いいんですね?」 「うん! えへへ、ありがとー! ちゃんと頑張るから! よろしくね!」 「(……なー凛。何か木手の奴ニヤけてねー?)」 「(しっ! 黙っとけって裕次郎。気づいてねーの本人たちだけさー)」 「何か言いましたか? 平古場君」 「! いや、何もー? ……あー、ほら行くぞ。裕次郎」 「あい? お、おー? (あー? 何だばぁ? この空気)」 時刻は大体、18時半を超えていただろうか。珍しく空気を読んだ平古場君(と甲斐君)が早々に退散したため、この日の帰り道は必然的に彼女と二人っきりとなっていた。 自転車を押しながら、海沿いの通学路をゆっくりと歩く。いつもならそのまま乗って帰るところだが、単なる気まぐれだ。別に、深い意味はまったくない。 「……ねー、木手さ」 「はい?」 カラカラと回る車輪の音が静かに響く中、最初に口を開いたのは彼女の方だった。 「海浜公園のプールって行ったことある?」 「ええ。幼い頃も含めてなら何度かはありますが」 彼女の言う海浜公園とは、隣の市にあるそこそこに大きな公園だった。様々な種類のプールが併設されていて、中にはかなり規模の大きなウォータースライダーなんかもある。夏になるとそれ目当ての客で賑わう、地元の、特に学生にとっては人気のスポットだ。 「夏休みになったらそこ行こうと思ってて、そのために新しい水着買ったのね」 「、」 「思い切ってビキニ、しかも紐のやつにしたんだけど」 「(ほう、紐……悪くないですね……。って、いやいやいやいや。しれっと何を言っているんですかこの人は)」 不可抗力とは言え、ついモヤモヤと妄想……いや、想像してしまった邪なそれを掻き消すかのように、コホンと咳払いをする。 一見は、何の脈絡もない話題だと思っていた。だが、これですべてが繋がった。おそらく、彼女が急にダイエットを始めようとした理由は、その新しいビキニを美しく着こなせるようにするためだろう。ただ。 ……単純にそれだけではない気がするのは、まるで誰か特定の相手に対して見せることを前提としているような物言いのせいだろうか。もじもじと、気恥ずかしそうにはにかむ彼女の横顔を見つめながら部室での出来事を思い返す。 「木手がいいのあたしは!」 俺にとって決め手となったその言葉が、今になってリフレインする。 もちろん、俺の場合は彼女なりの理由があって求められただけ。そこのところは彼女の口からはっきりと出た言葉のとおり、重々に理解しているつもりだった。だが、今は状況が違う。着替え中に堂々と入って来たり、それこそ平気で男の腕にしがみつくことだってできるくせに、俺と二人っきりとなったこのタイミングで何をそんなに気恥ずかしそうにするのか、意味がわからない。そう、疑問に思っていたそのとき。 「その……そういうのってこっちから誘っても平気かな……?」 「!」 絶妙な間を空けて呟かれた言葉と共に、微かな潮の香りを乗せた風が、振り向きざまの彼女の髪をふわりとなびかせた。 ……まさか。いやいや、しかし。じゃなかったらこんな風に。 部室にいたときとは明らかに違う反応を見せる彼女に少しだけ戸惑いつつも、胸の鼓動が勝手に高鳴っていく。気を抜くと一気に緩んでしまいそうになる口元をキュッと結びながら、俺はゆっくりと言葉を返した。 「……ええ、別に女性からでも何の問題もないと思いますよ? 俺としても別に、プールくらいだったらいつでも……」 「そっか……うう、頑張って痩せて誘ったら来てくれるかな……知念くん」 「!?」 ……空に浮かぶオレンジ色の夕日。そして、それが反射してキラキラと宝石のように煌めく水面。……正直、シチュエーション的にはまったく悪くなかった。 だが、期待させたこのタイミングで彼女の口から呟かれていたのは、俺とは違う別の男の名前だった。それも、非常によく知っている人物のうちの一人。同じテニス部で、彼女とも関わりがある知念君だ。 「ち、知念君……ですか……?」 「うん……あっ、でもまだ絶対本人に言わないでね?」 「……」 いまだ回り続ける車輪の音が、なぜだか自分の心情と重なる。 ……別に、知念君がどうだとかの問題ではない。ただ、今日一日散々思わせぶられた俺の胸中には、何ともやりきれない二つの疑問が残っていた。 「……いや、知念君のことはちょっと別としてですね。一つ……いや、二つばかり質問していいですか?」 「ん? 何?」 「……まず一つ。あなたはその……知念君のことが好きなんですか?」 「……うん」 「(……)もう一つ。一応あなたなりの理由はあったとは言え、それならなぜ俺がいいなんて」 「いや、だって知念くんのこと一番よく知ってるのって多分木手でしょ? 部長だし。ぶっちゃけ平古場とも迷ったんだけど、木手の方が口も堅そうだったし知念くんのこと色々聞こうかと思って……あっ、そうそう! ってゆーか知ってた? 知念くんってあの身長で60キロしかないんだって体重! BMI15だよ!? ヤバくない!?」 「……」 きゃぴきゃぴと、夕日以上に真っ赤に染まった頬でそう語る彼女は純粋に恋する乙女の表情をしていた。(しかも、この場にいない知念君に向けて) ……色々と思うところはあれど、勝手にうぬぼれてしまった手前、俺に彼女を責められる権利はない。ただ、尋常ではないレベルの無邪気さや鈍感さは、時として立派な罪にもなる。……とりあえず、俺は金輪際彼女に対して甘い顔をするのをやめようと思った。 「……わかりました、そんなに知念君とお似合いになりたいのなら明日の朝は五時集合、みっちり三時間コースですね」 「!? え、何それ早くない!? 別に、そこまでスパルタじゃなくたって」 「何を言ってるんですか。言ったでしょう、容赦しませんって。あ、ちなみに一秒でも遅刻したらゴーヤー食わします」 「ゴ、ゴーヤー!? いや待って待って! 意味わかんないんだけど!」 「……覚悟しておきなさいよ、お望みどおりガリッガリにしてあげますから」 (2008/06/09) |