夏は短し弾けよ男女 「出掛けるの?」 「うん、暇だしちょっとぶらぶらしてくる」 「はあ、この暑いのに物好きねえ。あんたも」 「……」 玄関に向かうと同時に聞こえたのは、呆れたような母の言葉だった。 何しろこの暑さだ。クーラーのガンガンに効いたリビングでのん気にワイドショーを見ている母からしたら"暇だから"という理由だけでわざわざ外に出るなんて、言葉どおり物好きに見えるのかもしれない。けれど、たとえ呆れられようが何だろうが、こんなに天気のいい日に家の中にいるのはもったいない。単純にそう思ったあたしは、そんな母の言葉に対して「別にいいでしょ」なんて捨て台詞を吐きながら放りっぱなしのサンダルに足をつっかけていた。 「(って言っても別に行くところもないんだよな……コンビニでアイスでも買おうかな)」 一面の青が広がる、とびきりの真夏日。決して外に出たことを後悔したわけではないけれど、母同様、やっぱりこの暑さのせいなのだろうか。人の気配といったらせいぜい小さな公園から元気に(というより、ぎゃはぎゃはと騒がしいぐらいに)響く子供の声ぐらいしかなかった。 「だーから! やりすぎだっての!」 「ハハ、びちゃびちゃやっし」 ……たとえ子供であったとしても、自分を上回る物好きがいることに少しだけ安心する。夏休みということもあって、その辺の小学生が遊んでいるのだろうか。通りがてらにちらりと視線を向けてみると、そこには予想どおり元気にはしゃぐ小学生……にしてはデカい男たちの姿があった。 「、」 色んな意味で目がチカチカした気がした。キラキラと光る水飛沫の中、やたらとカラフルなTシャツ姿ではしゃぐもじゃもじゃと金髪。色覚的な意味もあるけれど、何より、その顔ぶれがどちらもものすごく見知ったものだったからだ。つい先日までは同じ教室で授業を受けていたし、休みが明ければまた同じ教室で会うことになる。 「(ええ……甲斐と平古場じゃん)」 あたしは何となく二人から見えないようにしながら垣根の影に隠れた。別に、この二人が嫌いなわけじゃない。クラスではそれなりによく話す方だし、多分この状況じゃなかったら普通に声もかけていると思う。けれど、心の準備がない状態で同級生とばったり会ってしまうのは何となく気まずかった。それも、すっかり油断しきっていた休みの日だ。よりによってこんなどうでもいいTシャツを着てふらふら歩いている姿は、女子としていまいち見られたくない。(おまけに甲斐はまだしも、平古場は確かピーコ並みにファッションにうるさかった気がする) ……このまま戻るか、それとも、気づいていないふりをして足早に通り過ぎるか。垣根の影に隠れながら、二つの選択肢で揺れていたそのとき。 「なー、あれ?」 「あん? おー、じゅんにやっさー! うおーい、ー!」 「(!)」 ……どちらかを選ぶ間もなく気づかれてしまったことに、思わず変な声が出てしまった。気づかれてしまった以上シカトするわけにもいかず、観念したようにおそるおそる顔だけを覗かせる。すると、その場で大きく手を振る甲斐とニヤニヤしながら手招きをする平古場の姿が目に入った。 「(何これ、来いってこと? いや嫌なわけじゃないけど)」 一見好意的な二人の反応を嬉しく思う反面、どうしても平古場の意味深なニヤニヤが気になる。(あたしの格好でだったらどうしよう。ああもう、こんなことになるならこの間買ったワンピースでも着て来ればよかった) ……垣根の影に隠れたまま、もじもじすること数十秒。いまいち気乗りはしなかったけれど、手招きまでされている以上こちらもまた、シカトするわけにもいかない。 「(……まあいいか。どうせ暇だし)」 この際、平古場の意味深なニヤニヤは自意識過剰だと思うことにしよう。よくよく考えたら相手は平古場だし、最悪何か言われたら殴っちゃえば(!)いいかって。そう、ようやく腹を括ったあたしは垣根の影から公園のガードレールを跨ぎ、二人のいる場所に向かった。 「おー、やっと来た」 「つーかやー、何くねくねしてたんさあんなとこでよ」 「(くねくねって……)いやだって、ねえ……?」 微妙な乙女心がわからない二人に、思わず苦笑する。もっとも、それもそのはずだ。そもそも二人は男子だし、それに。 心なしかいつもよりテンションの高い声。そして、なぜかびしょびしょに濡れている髪や体。はたと足元に視線を向けると、そこには何種類もの水鉄砲やバケツ、そして、既に割れてしまっている大量の水風船の残骸がゴロゴロと無造作に転がっていた。 ……もはや聞かなくてもわかることだったけれど、一応礼儀として(?)聞く。 「……何してたの?」 「「水遊び!!」」 「……」 二人はそれぞれの水鉄砲を構えながら、満面の笑みでそう答えていた。色々と思うことはありながらも、単純に楽しそうなその姿はある意味羨ましい。 「あはは……元気だねー……」 「つーかも混ざらん? どうせ暇なんばぁ?」 「おっ、いーなあそれ。どっからどう見ても暇そうやっし、やってけー」 「えっ!?」 平古場の憎まれ口はさておき、あまりにも無邪気な甲斐の誘いに思わずぎょっとする。確かに羨ましいとは思ったけれども、だかと言って別に、仲間に入りたいとかそういうわけではない。(そもそも軽率に仲間に加わったところで容赦がなさそうな二人だ。特に平古場。何か、平気で顔面とか狙ってきそう) 「いや、あたしは別に」 「うりー、これ貸してやるからよ」 「!? (何このバナナ!? ……あ、水鉄砲なんだこれも)」 「はいスタート」 「ぅおわぁっ!?」 「!? ひっ!?」 間の抜けた叫び声が、すぐ真横で響く。間髪入れずにスタートの合図を切った平古場は、何食わぬ顔をしながら甲斐の顔面に(やっぱり!)水をかけていた。そして、平古場の先制攻撃をまんまと食らってしまった甲斐は、その髪型のせいもあってかびしょびしょに濡れた大型犬のような姿になっていた。プルプルと首を振って水飛沫を飛ばす仕草が、余計にそれを連想させる。 「ちょ、凛! 不意打ちは反則やしー!」 「ハハ、犬みてー」 「はあー!? 誰が犬だばぁ! うらっ!」 「おっと」 からかうように笑う平古場に対し、蛍光オレンジの水鉄砲で反撃に出る甲斐。ところが、平古場は涼しい顔をしながら甲斐のその反撃をひらりと避けていた。さすがにうまい……なんて、平古場の無駄に華麗な動きに感心している場合ではない。 「えっえっ、待って待って! 無理無理無理!」 今のところはまだ無害ではあるものの、予想どおり。いや、下手したらそれ以上にやんちゃすぎる二人の水遊びには、とてもじゃないけれどついていける気がしなかった。格好こそはまさしく水遊び使用な濡れてもいい、むしろどうなってもいいTシャツとは言え、巻き込まれたら最後だろう。「ちょっと濡れちゃった」程度じゃ絶対に済まない気がする。 ……冷静に考えて、やっぱり断ろう。わけもわからないまま受け取ってしまったバナナ型の水鉄砲をそっと返そうとした、そのとき。 「うりー、行くぞー!」 「えっ!? ちょっと! あたしはやらないって……ぶっ!」 死ぬほど楽しそうに水鉄砲を構える平古場と目が合った瞬間、あたしはさっきの甲斐と同様、ひどく間抜けな声を上げていた。 ……改めて見ると平古場のそれはひと際大きく、形もまるでマシンガンのように強そうなものだった。今まさに返そうとしたバナナ型のものでもなければ、甲斐の握っている蛍光オレンジのものでもない。黄色と緑がベースカラーとなったそれは、おそらく水鉄砲の中でもかなり高級、そして高性能な部類に入るものだと思う。そんな水鉄砲から勢いよく放たれた水が、思いっきり顔面にかかったのだ。水圧と量に一瞬、息が止まった気がした。顔が、というより、鼻が痛い。痛すぎる。(絶対水入った) 「やっ……ちょっと、勢いすごくない? それ……」 「ぬぅーがぁ。どんくせーなあ、裕次郎もも」 「!」 奥の方からヒリヒリするような鼻の痛みに耐えていると、そうさせた張本人である平古場は心底面白そうにげらげらと笑っていた。言葉はもちろん、その表情のあまりの憎たらしさに沸々と怒りが込み上げてきたあたしは、一度は返そうとしたバナナ型の水鉄砲をぎゅっと握りしめた。 要するに、断るという選択肢は消えた。もうどうなってもいい。むしろ、こうなったら何とかして平古場をぎゃふんと言わせたい。 「……甲斐、平古場集中狙いね」 「おー! うりー、凛! 覚悟しー!」 「げ! いや、待て待て……って、ふらー! 追ってくんな!」 びしょ濡れのあたしと、同じくびしょ濡れの甲斐。急遽タッグを組んだあたしたちは、一人だけほとんど濡れていない(ここがまたムカつく)平古場を両サイドから挟み撃ちして狙った。バナナと蛍光オレンジ対マシンガン。水鉄砲そのものに圧倒的な格差がある以上、タッグを組むことも挟み撃ちをすることも決して反則ではない。はず。 「うぉっ!?」 ……すっかりびちゃびちゃになってしまった公園内を駆け回ること数分。二人がかりで垣根側に追い詰めた結果、ようやく平古場から情けない声が上がった。 「やった! 当てた!」 「っしゃ! やるやぁ、!」 「いえーい!」 即席タッグの挟み撃ち攻撃は大成功。肩の部分がかすった程度とは言え、平古場の無駄にお洒落なTシャツを濡らすことができたあたしたちはいつの間にか仲良く(?)ハイタッチまでしていた。おそるべし水遊び。いざ自分がやってみると二人の気持ちがわかりすぎる。ヤバい、最高に楽しい。 「二人がかり卑怯やっしー!」 「はあー? 不意打ちの方が卑怯やさ」 「そうだそうだ! てゆーかめちゃくちゃ痛かったんだからね! 鼻!」 散々どんくさい呼ばわりしたあたし(と甲斐)にやられたのがよっぽど屈辱的だったのか、平古場はまるで小学生のように不満を訴えてきた。もっとも、平古場だけではない。言い返す甲斐とあたしを含め、もはや全員が全員とも小学生レベルになっていた。 「ちょっとぐらい濡れたってこの天気だからすぐ乾くでしょ」 「お、やー言ったな?」 「?」 そう、何気なく言ったあたしの一言に対し、平古場はまるで言質を取ったとでも言わんばかりに不敵に笑っていた。その表情の意味はまったくわからない。ただ、何となく嫌な予感がする。(何しろ女子の顔面を平気で狙ってくるような男だ。いかにも怪しい表情を浮かべている以上、何をしてくるかわかったもんじゃない) ……警戒するように肩をすくめた、次の瞬間。 「隙ありっ!」 「ぎゃっ!?」 マシンガンのような水鉄砲が、再びあたしを襲う。しかも、今度かかったのは顔ではない。(もちろん顔も大概だったけれど)信じられないことに、平古場はあたしの上半身めがけて容赦なく水をぶっ放してきたのだ。 「ちょっ……もー! 何これ、服びちょびちょなんだけど!」 暑さのせいで生暖かくなってしまった水の感覚も、それをたっぷり吸収して重くなってしまったTシャツも、不快で仕方がない。けれど、問題はそこではなかった。 「こ、こらっ! 凛! やー、何つーこと……!」 「ぬぅーが、せっかく色気出してやったあんに」 「?」 びしょ濡れになったあたしを見ながらこそこそと話す二人に視線を向ける。最初に目が合った甲斐は慌てて視線を逸らしていたけれど、平古場はそんな甲斐とは対照的に(相変わらずニヤニヤこそしているものの)やけに平然としながらじっとあたしに視線を向けていた。 「ふーん、青……いや、水色か? まあいーか。どっちにしろいー眺めやっし」 「!」 水遊びどころかまるで着衣水泳でもしたあとのように、顔以上にびしょ濡れにさせられたTシャツはあたしの上半身にぴったりと張りついていた。下着の線は丸わかりだし、色もはっきりと透けてしまっている。 ……ようやく平古場の表情の意味がわかったあたしは、わなわなと震えながら平古場を睨みつけた。 「……ひーらーこーばー!」 「ハハ、すぐ乾くんばぁ?」 「ーっ!?」 どこまでも憎たらしくからかうような平古場の言葉は、まさに第二ラウンドのゴング代わりだった。ジリジリと日差しが照り付ける真夏の公園。泥と水飛沫が飛び散るように跳ねる。通りがかりにうっかり巻き込まれてしまった、小学生レベルのどうしようもない水遊び。その戦いはまだ、当分終わりそうにない。 「えっち! すけべ! 変態! サイテー!」 「ぬぅーが! やーが言ったんばぁよ」 「それよりっ! その格好で走んな! タオルを羽織れ、タオルをっ!」 (2008/08/27) |