夏色シロップ

「しっかしまたすげー駅来ちまったよな」
「ねー、本当に東京? ここ」
「いやお前普通に失礼だろそれ」
「ええ、すげー駅呼ばわりの方が失礼じゃない?」

 一口に東京と言っても、すべてがビルだらけの都会で賑やかなわけではない。同じ都内から都内の移動でも、電車で一時間半弱。降りたこともない、何なら聞いたことすらない駅でのそれはまるでちょっとした小旅行のようだった。緑に囲まれた長々と続く一本道があったり、こう、いかにも地元の人だけが利用するような商店がぽつぽつと並んでいたり。自分の地元にはない、片田舎のような雰囲気的は嫌いじゃない。なんて、こんなことを言うとまた失礼とか言われちゃうかもしれないけれど。(素直に本心なのに……)

「まあとりあえず場所わかったし」
「うん、そうだね」

 一体なぜ、この場所にいるのか。それは来週に練習試合を控えた区外の学校の下見のためだった。小学生の遠足じゃあるまいし、最初は下見なんて大袈裟だとも思っていたけれど、距離的にも場所的にも正解だったかもしれない。(ついでに、なぜだか岳人がくっついてきたことも。元々一人での予定だったけれど、夏休み中ということもあって暇を持て余していたらしい。まあ、別に決まりはないし、おかげで迷わずに済んだからいいんだけれども)
 目的の学校の下見を終え、ぐっと背伸びをしながら知らない町の帰り道を歩く。完全なイメージのせいかもしれないけれど、心なしか風が優しい気がする。

「いや、すげー駅呼ばわりしちまったけどいいなこういうとこ」
「あ、岳人も思った? あたしも」
「おう、何かじいちゃんばあちゃんの田舎思い出す……って、これも失礼になっかな?」
「はは、いいんじゃない? 褒めてるんだし」

 どうやら、同じ都会育ちの岳人も似たようなことを思っていたらしい。深い意味はないものの、なぜだか少しだけ嬉しくなったそのとき。

「あ!」
「っ!?」

 何もない道の途中、岳人は突然何かを見つけたように驚きながら、ぴたりとその足を止めていた。突然止まったことはもちろんのこと、何よりもその声に驚く。(何となく穏やかな気分だったのが台無しだ。びっくりしすぎて心臓が痛い)

「ちょっと、何? いきなり大きい声出さないでよ」
「やべえ、。俺すげえもん見つけちまったかも」

 そう、岳人はやけに瞳をキラキラさせながら、そのまま少し遠くの方向を真っすぐに指差していた。まさに少年の顔だ。けれど、ある意味では怖い。何でかって? いやほら、だって岳人だから。

「ええ、何? すげえもんって……まさか変な虫とかじゃないでしょうね」
「はあ? 虫? バカ、ちげーよ! あれあれ!」
「? ……あ」

 半ばおそるおそるではあったものの、岳人に言われるがままちらりと視線を移す。すると、あたしの期待はいい意味で裏切られた。
 真っ先に目に入ったのは、白と水色のど真ん中に入った赤い漢字一文字で書かれている"氷"ののれん。それを掲げていたのは、THE・昔ながらといった雰囲気の地元の駄菓子屋さんだった。今日日の駄菓子屋さんと言えばほとんどがショッピングモールのテナント店ばかりのあたしたちにとって、それを見つけたときの感動は相当なものだった。……ああ、これは確かに声を上げるだろうなって。少なくともあたしたちの場合は特にそうだし、何よりも、今の今までの話題的に実にタイムリーだ。行きの道では気づかなかった、映画のセットのようなその佇まいに密かに興奮する。

「すごい! 駄菓子屋さん? だよねどう見ても」
「やってんのかな? まあいいや、せっかくだし寄ってこーぜ! かき氷食いてえし」
「え、ちょっと待って置いてかないでよ」
「へへ、何味食おっかなー、俺!」
「(もう、全然聞いてない)」

 あたしの返事を聞くまでもなく、岳人は既に約30メートルほど離れた駄菓子屋さんの方向にスタスタと向かって行っていってしまっていた。当然のように置き去りにされているあたりどうなのとは思うものの、まあ、無理もない。ほら、だって岳人だから。(二度目)
 ……とにかく、猛暑のピークは過ぎたとは言えまだまだ暑いこの季節だ。岳人と同様、かき氷は素直に嬉しいと思ったあたしは慌ててそのあとを追った。


「こんにちはー……」

 開きっ放しの扉から、お店の中をそっと覗きこむ。電気が点いておらず少し薄暗い。ただ、外から入る日差しのみのぼんやりとした明るさが、かえって雰囲気に合っているようにも感じる。

「(、)」

 小さな店内をきょろきょろと見渡すと、それぞれの棚には何種類もの駄菓子が所狭しと並んでいた。ふ菓子。ポン菓子。うまい棒。きゃべつ太郎。よっちゃんイカ。5円チョコに10円ガム。お馴染みのものから、少し懐かしいものまで。かき氷もいいけれど、ついついそっちにも目が奪われてしまう。中でも、一粒10円、20円ぐらいの小さな飴玉やてらてらと光る水あめなんかは心底うっとりと見つめてしまっていた。(色合い的にカラフルで映えるせいだろうか。一つ一つがおもちゃの宝石みたいで、見ているだけでわくわくする)

「いらっしゃい」
「あ」

 奥の方から聞こえてきた声に、はたと視線を向け直す。のそりと現れたのは、エプロンをしたおばあちゃんだった。どうやら、お店の奥は普通の自宅になっているらしい。一人で経営しているのだろうか。やっぱりイメージどおりの駄菓子屋さんだ。

「すいませーん、かき氷いいですか? 二つ」
「あいよ、何味と何味がいい?」
「あー、んじゃいちごと……おい、お前何味にすんの?」
「え」

 おばあちゃんからの問いかけに、岳人は驚くほどにちゃっちゃと答えていた。(そう言えば、家が電気屋さんとかなんだっけ? さすがは商売人の息子。何だかこう、こなれている)一方のあたしはすっかり他の駄菓子に目を奪われてしまっていたせいか、岳人に言われて初めてメニューの存在に気がついた。

「ああ、ごめん。えっと」

 いちご、レモン、メロン、ブルーハワイ、みぞれ、カルピス、宇治金時。意外と豊富なそのラインナップの中から、急いで今の気分の味を選ぶ。

「じゃあブルーハワイお願いします」
「あいよ。それじゃあ二つで400円ね」

 そう、ゆっくりと言い終えたおばあちゃんは注文のかき氷を作るため再び奥の方に戻っていった。扉の間から少しだけその工程が見える。予想に反して電動式。だけれども、自分の家にはない本格的な業務用(?)のかき氷機だ。

「(おー……)」
「(わー……)」

 多分、あたしも岳人も、このときばかりは同じような表情を浮かべていただろう。お互い初めて見たわけでもないはずなのに、荒めの氷がガリガリと削られていくその様子をいやに真剣に見入ってしまった。

「はい、お待ちどうさま」
「わ、ありがとうございます」

 数分後、出来上がっていたのはまるでお手本のようなかき氷だった。透き通るような白い氷の上にそれぞれかかった、赤と青のシロップ。すごい、これもまた見ているだけで夏らしい。
 こんもりとした氷の山を崩さないように、そっとそれを受け取る。そして、おばあちゃんに対して小さな会釈をしながらお店をあとにした。


「おい、あのベンチで食おうぜ!」
「、」

 相変わらずまだまだ暑い夏の日差しが照りつける中、少し先のところに赤いベンチを発見した。背もたれには、掠れた文字で書かれたコカ・コーラのロゴ。おまけに、隣には同じように赤い灰皿。どちらもまた、今どき珍しい。本当、まるでこの一角だけ昭和みたいだ。
 どっかりとベンチに腰を下ろした岳人が、一足先にいちご味のかき氷を口に運ぶ。

「うっめー! やっぱ夏はかき氷だよな!」
「……(冬になったら絶対『やっぱ冬は肉まんだよな!』とか言うんだろうな)」

 あまりにもおいしそうに食べる岳人に続くようにしながら、あたしもまた同じようにブルーハワイのかき氷をプラスチックのスプーンですくった。そーっと。おばあちゃんからそれを受け取ったときと同様、崩さないように細心の注意を払う。正直、よっぽどお高いものでもない限り基本的に味は変わらないし、こんな風にシロップをかけただけのものなら何だかんだで毎年食べている。けれど、いわゆるシチュエーション効果というやつもあるのだろうか。おばあちゃんの駄菓子屋さんで買ったそれは、口に運んだ瞬間やけに優しく、懐かしい味がした。

「あ、本当おいしい」
「だろ!? どうよ!」
「どうよって……別に岳人が作ったんじゃないでしょ」
「あー? 別にいいだろ。ったく、お前は本当に一言多……っ!」
「!?」

 なぜだか得意気だった表情から一変、岳人はこちらを見ながら急に噴き出していた。(えっ、待って待って何人の顔見て噴き出してんの? 失礼すぎない!?)
 ただ、普通にかき氷を食べていただけなのに。原因がわからないあたしは、少しだけムッとしながら言葉を続けた。

「何、人の顔見て笑わないでよ」
「わ、わり。けどだってお前……なあ、ちょっともっかい口開けて」
「は? 何で、普通に嫌だよ」
「いや、だったら自分で見てみろって。すっげー真っ青だから、舌」
「!? え、うそ……っ!? やっ、何これ!?」

 岳人に言われるがまま、慌てて鞄から鏡を取り出す。そして、そのままおそるおそる確認してみると、言葉どおりあたしの舌はこれ以上ないくらい真っ青なブルーハワイ色に染まっていた。
 しまった、そこまで考えていなかった。仕方のないことだとはわかっていても、恥ずかしい。また岳人が大袈裟すぎるくらいに笑っているから、余計に。

「マジでやべえ、ゾンビじゃん」
「ゾッ……!? ーっ! しょうがないでしょ、ブルーハワイなんだから! 大体、岳人だって」
「俺いちご味ですからーっ! 残念ーっ!」
「あっ! ず、ずるい!」

 口元を押さえながら必死に言い返すものの、余計にそれが面白いのか、岳人はゲラゲラと笑いながらいつまでもからかい続けてきた。
 古ぼけたコカ・コーラの赤いベンチから見た、見慣れない町の景色。普段と違うのは今ここにいる場所だけで、あとはまったく変わらない、いつもどおりのやりとり。……だけれども、ささやかながらこれもまた一つの夏の思い出だったりする。
 不意にさっきの駄菓子屋さんが目に入る。店先から顔を覗かせていたおばあちゃんが、にっこりと微笑ましそうに笑っていた。



(おまけ)
「うう……かき氷はおいしいけど、これからまた電車乗るのにこんなんじゃ帰れないよ」
「あー? 別にいちいち気にすんなよそんなこと」
「気にするよ! ってゆーか岳人が気にさせるようなこと言ったんでしょ!」
「う……。(やべ、そう言われると確かに……)……あー、悪かったって。ほら、いちご一口やるから赤で中和させりゃいいじゃん」
「ええ、中和って……。……されるの? そんなので」
「いやされんじゃね? 普通に。その代わり、俺にもブルーハワイ食わして」
「うーん、一口だけね……あっ、おいしいね! いちごも!」
「(はあ……単純な奴)ん、久々に食うとブルーハワイもうめえわ」


「ねー!? 何か余計ひどくなってるんだけど!」
「くそくそっ! 何で俺の舌まで紫になってんだよ!?」




(2005/09/07)