午後の死体 「……何してるの?」 「……ごっこ」 「え」 「死体ごっこ」 「……」 ……素直に「昼寝」や「サボり」だなんて意地でも言うつもりはないのだろう。わざわざ冬の中庭を選んだ仁王君の返答は、いかにも"らしい"それだった。(人目が云々以前に、そもそも屋外だ。肌寒いこの季節、あえてこんな場所を選ばなくたっていいのに) 「はあ……寒くないの?」 「暑いの苦手じゃき。これくらいが丁度いい」 つま先からわずか数センチ、仰向けに寝そべったままの仁王君が視界に入る。元々、肌といい髪といい全体的に白っぽいイメージ(?)があるせいか、スッと瞳を閉じた仁王君はますます言葉どおりのそれになってしまっていた。呼吸をしている方が逆に不自然に感じられるほどの、綺麗な綺麗な人形のような死体。仁王君の周囲を彩るかのように散り落ちていた花びらが余計にそれを彷彿とさせる。 「……お邪魔してもいい?」 「構わんぜよ。死体でよければじゃがのう」 「ふふ」 口では余裕そうに笑ってみせたものの、内心は精一杯気を張っていた。 仁王君の周囲に散り落ちている花びらの、と言うよりも、元々はその本体であった花の正式な名称はわからない。(もっとも、たかだが学校の中庭に植えられている花だ。おそらく、大して珍しい花でもないのだろう)ただ、ある意味その花びらが一種の境界線のように感じたわたしは何となく、それより内側には踏み込んではいけないと思った。 だから、隣とは言えあくまでも外側に。間違ってもそれを越えてしまわないようにしながら慎重にしゃがみ込む。けれど、次の瞬間。 「ほれ」 「、」 寝そべったまま平然と差し出された仁王君の腕によって、その境界線はいとも簡単に崩されてしまっていた。 からかいがてらの腕枕。腕の下でぐしゃりと潰された花びらの残骸を見て息を呑み込む。仁王君のそれは、明らかにわたしがどう出るか試すような行動だった。 ……少しだけ間を置いてどう出ようかと考えてみるものの、そもそも仁王君はわたしが軽いノリでそれを受け入れるようなキャラじゃないということを重々に承知しているはずだ。ゆえに、仁王君が求めているのは大袈裟なくらいに赤くなって、おろおろと慌てふためくわたしだ。多分きっと、そういうイメージで見られている。だからこそ、ニヤニヤと細められたその目元や、左端だけが歪むように上げられたその口元は、からかわれてると言うよりもどこか馬鹿にされてるような気さえして。 お望み通りのリアクションこそ取らなかったものの、わたしは誰彼構わずこんなことができる仁王君を(ある意味では)尊敬すると同時に、少しだけ軽蔑した。 「……あー、それは遠慮しとく」 「何じゃ、なら大歓迎なのにの」 腕枕と同様、平気でこんなことを言う仁王君はやっぱり生粋の詐欺師だと思う。おそらく、大半の子はころっと騙されてしまうのだろう。そうやって、馬鹿みたいに騙される子たちがいるから当の仁王君もまた、馬鹿みたいに面白がって止めないのに。 境界線は崩されてしまった。けれど、外側にいるわたしはまだ大丈夫だなんて思いながらすうと小さな深呼吸をした。 「いや、彼女いるのにそんなこと言っちゃダメでしょ。知ってるんだから」 「おらん。さっき別れた」 「え、嘘」 「本当」 「……ちなみにどっちから」 「俺」 「(ああ、やっぱり。って言うか、またか)……それって不貞寝って言うの?」 「いや、切り出す側も辛いんじゃって。色々」 ……このときはまだ、話を聞いている際の手持無沙汰からくるそれだったと思う。焼けあとに残った骨のように、わたしは崩されてしまった境界線のそれを密かに拾い集めていた。手のひらに咲いた、少しだけ燻みを帯びた紅色。元々は花の残骸とは言え、とても綺麗だ。 「……ふーん」 とりあえずはそう反応してみたものの、彼女と別れたという事実に対してはそこまで驚かなかった。 なぜなら、仁王君のそれは今回が初めてではないからだ。初めてのそれだったら素直に同情もできただろうし、(仁王君がどう思うかは別として)ある意味では愛情すら持てたと思う。色々と辛かったんだろうとか、彼女と別れて不貞寝だなんて可愛いとか。 けれど、わたしは知っている。出会ってからのそれはとっくに片手では足りない回数となっていること。また、別れを切り出すのは全て仁王君自身からだということも、全部。全部。……だからこそ、それらの情の余地は一切ない。それなのに。 「ときどき嫌になる」 聞き取れないほどではなかったものの、明らかに小さく、ワントーン落とした声だった。単純にそうなる状況に対してなのか、それとも、そうなる状況を作ってしまう自分に対しての言葉だったのか。説明が足りない上、そもそも本心かどうかも曖昧な以上、どう受け取ればいいのかわからない。ただ、問題はそれが紛れもなく仁王君の口から呟かれた言葉だということだ。……歴代の、馬鹿みたいに騙されてきた彼女たちが聞いたとしたらどう思うのだろう。少なくともわたしは、したくてやっているわけではないとでも言いたげな仁王君の口ぶりにだけはひどく嫌悪感を感じた。 「本当? ごめん、失礼かもしれないけど仁王君の言うことってどこか嘘っぽいし」 「、」 その言葉を口にしたとき、わたしは思いつく限りで一番酷い表情をしてみせた。要するにさっきの、わたしを馬鹿にしたような仁王君と同じ表情だ。 険悪、とまではいかないものの、どことなく冷たくヒリヒリとした空気感に変わる。明らかにわたしの発言が原因のそれに、仁王君が(珍しく)何か言いたそうに反応していた。皮肉として効いたのかどうかはわからないけれど、これぐらいは許して欲しい。 (だって一度や二度じゃない。別れたって聞くたび、その都度期待して。けれど、毎回選ばれるのは自分じゃなくて、その都度裏切られて) 「……何。、怒っとん?」 「いや、別に……怒る理由ないし」 「ふーん……怒ってくれてもええんじゃがのう」 「……?」 「ようわからんけど、にちゃんと怒られたらこん癖治る気がする」 白く濁った冬の曇り空、ぽっかりと抑揚のない仁王君のそれはさっきと同じ、本心かどうかもわからない言葉だった。 ……一体どこまで馬鹿にしてくれれば気が済むのだろう。皮肉も効かない、それどころか、この期に及んでまだ平気でそんなことを言う仁王君に対して、思わず右手を振り上げる。怒りや呆れからくるそれだった以上、いっそのこと本当にその横面を引っ叩たいてやるぐらいすればよかったのかもしれない。 けれど、仮に。仮にそれが、わたしにだけ見せてくれた本心だったとした場合。 「……馬鹿じゃないの、仁王君」 わたしはその横面を引っ叩く代わりに、密かに拾い集めていた花びらを仁王君の顔面目がけて一気に投下していた。 精一杯の愛憎を込めたそれは、まるで歪んだ祝福の紙吹雪のようだった。真っ白な仁王君の顔が、大量の花びらでどんどんと埋まっていく。気持ち悪い。けれど、驚きも怒りもせず、そのまま微動だにしない状態でそれを受け止めていた仁王君は、信じられないほど美しくて。……それこそ死体のように黙ったままでいるのなら、永久に隣に置いておきたいだなんて思ってしまったわたしはきっと、騙されてきた彼女たち以上の大馬鹿者なのだろう。 「お前さんも大概じゃき」 はらはらと舞い落ちる花びらの中、仁王君はそんなわたしを見てニヤニヤとしたり顔で笑っていた。 (2008/12/15) |