八月の通り道

 夏休み真っ只中の昼時分、スーパーに入ってすぐ手前っ方にある青果コーナーでたまたま同い年くらいの女子を見かけた。
 じっと視線を向けたのは、決して変な意味ちゃう。やれどれが安いかどれがデカいか、客のおばちゃんらがそれぞれ目当ての野菜を必死に吟味しとる中、一人ぽつんと立ち尽くしとったその姿が妙に目立っとったから。……何やまたえらい場違いな奴がおんなあって、ホンマに何の気なしのつもりやってんけど。

(あん? やんけ。よう見たら)

 近所のスーパーやし確率的にゼロっちゅーわけちゃうけど、ちらりと見えたその横顔の正体は、偶然なことに同じクラスの女子やった。。言うてあんま話したことあらへんタイプの女子やったから、こっちから話しかけてもええのかどうか少しだけ迷う。
 ……せやけど、一応は知った顔やし、ここであえて気づかんふりするんもこう、どうなんかなあ思って。

「……よっ、
「?……あ、忍足」

 すれ違いざまに足を止めさりげなく声をかけてみると、は少しだけ驚いたようにしながらゆっくりと振り返っとった。当たり前やけど、いつもの制服やなく、私服。それも、(女子にとっちゃ普通のそれなんかもしれへんけど)何かその、肩とか足とかめっちゃ出とるタイプのやつ。ええ、ちょっと意外や。やなくて。
 ……見慣れん格好のせいか少しだけドキッとしながらも、挨拶がてらに何てことのない立ち話をした。

「珍しいとこで会うたなあ、買い物か?」
「うん。忍足も?」
「せや、オカンのおつかいっちゅー最高にダサいミッション中やねん」
「あはは、あるよねそういうの。あたしもおつかいなんだ」
「あー、やっぱどこん家も同じやなあ……って」

 おつかいっちゅー言葉から、これもまた何の気なしに視線を向けたの持つカゴ。中身は普通に、きゅうりとナスがそれぞれ一本ずつ。……せやけど、それがまたこう、どっちもえらい絶妙な長さと太さのやつで。

「……」

 我ながらホンマにアホすぎる話やけれども、カゴの中でごろりと無造作に転がっとったそれから、何日か前、携帯をいじっとったときに出てきた謎のエロ漫画の広告を思い出した。やたらと爆乳で欲求不満の主婦がきゅうりやらナスやらのそれっぽい野菜を使って、まあー色々えげつないことしよるやつ。(設定の時点でしょーもなさすぎやったから、読むこともなくすぐに消したったけども。……いや、ホンマに。ホンマやで!?)
 ……あかん。普段やったら何とも思わへんはずやのに、どうにもこうにもタイミングがようない。どぎまぎと、何とも言えへん気持ちで視線を泳がせると、それに気づいたがああ、なんて言いながら口を開いた。

「あ、これ? お盆だから買って来いって、おばあちゃんが」
「! あっ! せ、せやな。そう、お盆のやつやろそれ。わかっとったで、もちろん!」
「?」
「(……あかんあかん。何考えとんねん俺は)」

 ……何も知らんに対して申し訳なく思いながらも、気を取り直して精一杯知的な話題を振った。せっかくの流れやし、唯一知っとるお盆の知識。まあ、こんなしょーもない連想しとる時点で知的もくそもあらへんのやけど。

「あー、せや。確かそれで人形みたいなん作るんやっけ?」
「んー……人形? とはちょっと違うかも」
「あ、そうなん? (ちゃうんかい!? 唯一知っとる知識やったっちゅーのに!)」
「いや、一応乗り物らしいんだけど……うーん、まあ動物だし人形でもいいのかな? 精霊馬って言ってね、死んじゃった人があの世とこの世を行き来するために作るんだって。きゅうりが足の速い馬で、ナスが足の遅い牛なの。こっちに来るときは早く来れるようにとか、帰るときは少しでもゆっくりになるようにとか、ちゃんと意味もあるみたい」
「ほーん……なるほどなあ」

 こんなスーパーの雑踏の中でっちゅーんもあれやけど、一つ利口になる。きゅうりもナスもぶっちゃけただの人形、っちゅーか飾りやと思っとったけど、どうやらちゃんと意味のあるやつやったらしい。(何かもうホンマすまん、爆乳とか欲求不満の主婦とか……)思った以上に丁寧な説明とちゃんと意味まで知っとったに対して素直に感心したからこそ、ついつい口数が減る。もちろん、俺的には普通にええ意味でのつもりやったんやけど。

「あ、ご、ごめん! ばばくさい? あたし」
「え」

 どこをどう勘違いしよったのか、はひとしきり説明を終えたあと、なぜだかハッとしたように慌てて口を押えとった。

「ああ、いや、ちゃうちゃう! めっちゃ物知りやなあって、普通に感心しとったわ」
「よ、よかった……。まあ全部受け売りなんだけどね、おばあちゃんの」
「、」

 ……ああ、学校ではあんま話す方ちゃうかってんけど、こないな一面もあるんやって。
 なかなか見る機会のあらへん、知り合いの家族に対しての顔。とりあえず、会話の内容にやたらとばあちゃんが出てきよるあたり、は結構なばあちゃんっ子なんやろう。そもそもがよう知らんかった相手っちゅーのもあるやろうけど、思った以上にその、セ、セクシー系やった私服に続き、へらりと気恥ずかしそうに笑ったその表情にも思わずドキッとした。

「そうそう、忍足は何買うの? お母さんのおつかい」
「え……あー、そうそう。俺はあれや、えー、ネギネギ……っと」

 の言葉で本来の目的を思い出した俺は、再び芽生えた妙な感情を誤魔化すようにしながら近くにあった長ネギをカゴの中に放った。(どうでもええけど長ネギっちゅーのはいかにも「おつかいですー」って感じのアイテムやなあとは思う。どう頑張っても袋から飛び出しよるし、何ちゅーか逃げ場があらへん。まあ、別にネギはエロないから(?)セーフやけど)

「あとは?」
「あと何やったっけ……。ひき肉と……あとあれや。何か麻婆豆腐のタレ? 的なやつ」
「なるほど……ふふ、今晩マーボーなのかな。忍足ん家」
「多分なあ。そんでなぜか豆腐だけはあるんやろうな……忍足家には」
「あはは、豆腐だけ! それは大変だから早く買わないとね」
「え」
「ひき肉だっけ? あっちだよ、お肉。行こ」
「! お、おう」

 ……しつこいけども、今の今まではあんま話したこともなく、よう知らんかった相手。せやけど、はそんなん気にすることもなく、えらい自然な流れで俺を肉のコーナーまで案内しようとしとった。(え、いいい一緒に行くん? いや、べべべ別に一緒に買い物するだけやしええんやけども!)
 でもってそのまま何となく一緒に買い物しとる感じになって。何となく同じレジ並んで。何となく一緒に店出る流れになって。


 真昼の日差しがジリジリと照りつける、スーパーの出入り口前。お互いに買い物っちゅー用が済んで店を出たものの、すぐに帰ろうとせんかったのは中途半端に上がったテンションの落としどころを探っとったからやと思う。少なくとも、俺の場合は特に。

「(ま、まあすぐ帰ったところでどうせ暇やしなあ……)あー……その、俺ん家こっちやねんけど」
「あたしあっち」
「あ、そうなん? ……えーっと」

 日差しと同様、無意味にジリジリとした焦燥感に苛まれる。右手には、段ボールに入った特売のスイカの山。左手(物理)には、ネギが飛び出しとるビニール袋。んでもって、BGMはやかましいぐらいの蝉の鳴き声。……正直、ムードもへったくれもあったもんやないっちゅーのはよくわかっとるし、そもそものことかて別に、前からどうこう思っとったわけちゃう。ちゃうねんけども。

「じゃあね」
「! お、おん……」

 ……ちょっとだけ。ホンマにちょっとだけ夢見た、夏休み中の同級生ロマンス。当たり前っちゃ当たり前やけど、そんなもんは一切始まる気配もないまま、俺とはあっさりと解散した。

(……別に期待しとったわけちゃうけど、もしこれがそこそこデカいプールとか夏祭り会場とかやったらまた色々と違ったんやろうか。なんて)


 それからほんの数日後。またしてもオカンのおつかいで駆り出されとった、同じスーパーの帰り道にて。(受験生やのに何ちゅー息子使いの荒いオカンやて思うやろ? 大正解や)
 微かに聞こえてきたのは、キイキイと金属の軋む懐かしい音やった。……ああ、そういやこん先に小っさい公園があったよなあなんて、通りがてらにちらりと視線を向ける。
 音の正体は、公園のすぐ手前っ方にあったブランコ。でもって、ゆらゆらと、どこか暇を持て余すようにしながらそれに座っとったのは。

「……?」
「あれ、忍足」

 前回会うたスーパーから離れとるわけちゃうし、相変わらず近所は近所。……にしたって、こないな偶然あるんやろうか。
 時間帯も、何なら左手にビニール袋を引っ提げとる状況までもが被っとる中、俺は再びの姿を見かけた。

「よ、よお」
「あはは、びっくりした……よく会うね最近」
「せやな、ホンマ偶然……」
「ふふ、今日もおつかい? お母さんの」
「! えっ!? あ、まあ……せやけど……」

 反射的に足を止めたんはええものの、の視線が思いっきりスーパーの袋に向けられとったことにハッと気づく。連日で目撃されてもうた、オカンのおつかいシーン。しかも、今日のそれはネギ以上に主張の激しいめんつゆのボトル。……いやもう事実やし、しゃあないっちゃしゃあないけど、どう頑張っても隠しきれん左手のそれが今になって急に恥ずかしなる。(ああもう、ネギといいめんつゆといい、何でこういちいち袋からはみ出すもんばっかり買わせんねんオカンは!?)

「うわあ、あかん。何かめっちゃ恥ず……」
「何で? ちゃんとお母さんの手伝いしてて偉いじゃん」
「え、ああ……いや、まあ手伝いっちゅーか、こき使われとるだけなんやけどな。実際」

 ぶっちゃけ、からかわれるかと思った。せやけど、相変わらずブランコに座ったままのは、からかうどころかごく自然な感想のようにそう言っとったから。いわゆる社交辞令みたいなもんかもしれへんけど、何となく照れ隠しのように鼻の頭を掻いて誤魔化した。

「ふふ、めんつゆと何? 今日は」
「あ、ああ。今日はあれや。えー……めんつゆと牛肉と……人参と玉ねぎといとこん」
「……肉じゃが?」
「せやな、多分。んで今回も芋だけはある忍足家や……」
「あはは、またよりによって芋だけ!」

 前回は豆腐、今回は芋。我ながらしょーもないネタやとは思うけど、的にはどうもツボやったらしい。きゃらきゃらと、豆腐のとき以上に無邪気なの笑い声が昼下がりの静かな公園に響く。

「つーか、一人なん?」
「うん、もうちょっとしたら帰るけどね」
「(あっ、今日は暇そうや思ったけどやっぱ帰るんや)そ、そか……えっと、何しとったん?」

 もうちょいしたら帰る。……はっきりとそう言われてもうた以上、聞いたところでっちゅー感じもするけど。
 単純な疑問として投げかけたその言葉に対して、は少しだけ妙な間を空けとった。返答に困っとる、っちゅーわけちゃうけど、どこか頭の中で言葉を選んどるような。どちらにしろ、すぐには答えんところがやけに意味深に思えた。
 しまった。せっかく明るい雰囲気やったのに、何かあかんこと聞いてもうたかなって。焦った俺はその返答を聞く前に口を挟み直した。

「あ、いやすまん。言いたなかったら別に……」
「んー……そういうわけじゃないんだけど、その、理由言っても引かない?」
「え」

 どうやら一応、答えてくれる気はあるらしい。せやけど、の口から返ってきたそれは、やっぱり意味深なものやった。真昼に一人、暇そうにしながら公園におる理由。でもって、多分人には言いにくいそれ。……単なる気分転換とか、誰かとの待ち合わせとかっちゅーわけでもなさそうやし、親と喧嘩して出てきたとか、そんなとこやろか。何にしろ、引いたりはせえへん。真剣な表情で首を縦に振ると、は小さく唇を動かしながらゆっくりと言葉を続けた。

「今日はおじいちゃんが帰る日だからさ。一人にしてあげてるんだ、おばあちゃん」
「ん? じいちゃんだけ帰るん? 一緒に住んどらんの?」
「あー……えっと、ほら、今ってお盆でしょ? その、そっちの意味でって言うか」
「、」

 じいちゃんとお盆。でもって、いわく"そっちの意味"。多分。いや、ホンマ多分やけど(さすがにダイレクトには聞けへんし)それらのフレーズから色々と察する。せやけど。
 ……あかん、あくまでも話の流れからのそれやったとは言え、結果的にやっぱり無神経やったかもしれへんって。何をどう言うてええかわからず少しだけ言葉に詰まっとると、はどこかハッとしたようにしながら、逆に俺を気遣うように慌てて言葉を重ねとった。

「あ、ごめんもし気にしちゃってたら! でもその、もう随分前のことだから」
「あ、ああ……。えっと、そか。この前買うてたんってじいちゃんのやつか」
「うん、お盆になるとおばあちゃんが毎年飾ってるから。おじいちゃんが帰ってくる日だーって、超嬉しそうに」
「え、ばあちゃんめっちゃ可愛いな」
「ふふ、でしょ? いまだに毎日朝昼晩とご飯お供えしてるからね。だから、帰っちゃう日ぐらいは夫婦水入らずにしてあげよっかなーって思って。もちろん完全に信じてるわけじゃないけど」
「……」

 さっきの俺と同じような照れ隠しやと思うけど、はそう言ってえらく優しく笑った。でもって、その表情にほんの一瞬、俺の鼓動が跳ね上がるように高鳴ったのがわかった。同じドキドキやけど、この間の私服を見たときとか、それこそきゅうりとナスのときみたいな邪な高鳴りとちゃう。言葉ではうまく言えへんけどもっとこう、ホンマに綺麗なもんを見たときのそれみたいな、純粋なやつ。

(ええ、あかんあかんあかん。ぶっちゃけ今の表情はちょっと、っちゅーか、かなり……)

 ……ただの暑さか、それともまた、別の違う意味でか。ようわからんまま熱を帯びた背中に、じんわりと汗が滲んだそのとき。
 ふわりと吹いた生暖かい風と共に、頭の後ろっ側に謎の痛みが走った。

「! あたっ!?」
「え、何!?」
「!? (えっ、何や今の!? ようわからんけど絶対何か当たった!)」

 ホンマに突然。せやけど、確かに感じた(つーか、今かてまだじわじわ残っとる)その痛みに、思わず頭をさする。

「忍足どうしたの? 大丈夫?」
「いや、何か今頭に……えっ、ホンマ何やねん今の」

 慌てて振り返ってはみるもののも、俺の背後は車も人も当然のようにおらへんただの道路やった。……状況を整理しながらも、この痛みの元となった原因を考えてみる。単なる風圧。もしくは、奇跡的に無音で落ちてきたり飛んできりした何か。……いや、ないない。何でかってもっとこう、ペチンと。それこそまるで、後ろから誰かに引っ叩かれたみたいなものやったから。
 ……まさか。いや、ホンマにまさかやけど、こんなけったいな現象、それ以外に説明しようがあらへん。

「(……おいおいじいさん出るとこちゃうやろ)」

 いまだに不思議そうに向けられるの視線の中、心の中でそうツッコミを入れてみる。すると、ちょうどの背後にあたる垣根の葉っぱが、まるで俺をおちょくるように小さく揺れた気がした。

「……なあ、のじいちゃんってどんなやったん? こう、に対して……」
「え、おじいちゃん? めちゃくちゃ可愛がってくれてたよ。何ならちょっと困るぐらい」
「あー……やっぱりなあ(絶対悪い虫やって思われたんやろな、俺……)」
「? 何で?」
「いや、何でもあらへん……」



(2018/08/24)