※注意 ・謙也、主人公共に年齢操作あり(社会人設定) ご了承いただけた方のみどうぞ Cooks of life 「(先に寝ちゃおうと思ってたけど、そろそろ帰って来るかな)」 ふあ、と小さな欠伸を一つすると同時に、大して見る気もないテレビのチャンネルをいじりながら同居人である謙也の帰りを待っていた。 ちなみに謙也は当時のテニス部メンバーたちと久々の飲み会らしい。片や飲み会。片や半額のコロッケ(もちろんおつとめ品)で済ませた適当な夕食。……何となく差がありすぎな気がしなくもないけれど、たまのことだし仕方がない。なんて、ちょうどそんな風に思っていた矢先のことだ。 「(あ、本当に帰って来た)」 玄関の方からガチャガチャと鍵を回す音が聞こえる。思っていたよりも早い帰宅に驚くと共に、何だかんだで少しだけ嬉しくなってしまう自分がいた。(ほら、家の中とは言え一応夜だし(?)女一人じゃ危ないからね! 色々と!) 「おーい、帰ったでえ」 「おかえり。どうだった? 久々のテニス部飲み」 「ああ、ホンマ変わっとらんで。相変わらず全員アホで安心したわ、逆に」 「はは、やっぱり? まあ、楽しそうでよかった」 「あっ、せや! んなことより明日の夕飯なんやけど」 「え」 「カレーにしてくれへん?」 とりあえず、帰宅早々"んなこと"呼ばわりされてしまうメンバーはさておくとして。(何人かの後輩以外は全員同級生=あたしも知っているメンバーだからこそ余計にかわいそう……ってゆーか、彼氏ではあるものの随分と失礼な男だな) 玄関の扉が開くと同時に漂ってきた微かなアルコールの香りと、単純に赤くなりいつもに増して締まりがないように見える表情。お酒が入っている以上それらは仕方がないことだとしても、突然、それも何の脈絡もなく聞かされた謎のリクエストに、あたしはひたすら困惑していた。(そもそも散々飲み食いしてきたはずなのに。どこで飲んでたんだか知らないけれど、正直そっちの方がずっと羨ましい) 「は? カレー? ……別にいいけど、何で?」 「いや、今日の飲み会で給食の話になったんやけど」 「まずさあ、久々の飲み会なのに揃いも揃って何の話してんのってとこだよね……」 まったく理解することができないでいるあたしに対し、大真面目に事の経緯を説明する謙也。死ぬほどしょうもないとは思いつつも、居酒屋の片隅で大の男たちが給食の思い出話をしているワンシーンを想像し、ついつい苦笑してしまう。いやまあ、謙也を含めてあのメンバーなら相変わらず、そんな話をしてはゲラゲラ笑っていそうだけれど。 「給食がカレーやったときってめっちゃテンション上がったよなあって話しとったわ」 「はは……そうだったっけ? (男子同士の会話はよくわからない……絶対もっと話すことあるでしょ、普通)」 「まあ、とにかくな。その流れでめっちゃ食いたなってん。せやから明日頼むわ、な!」 「はいはい、わかったから。とりあえずシャワー浴びて来なよ」 結局、最後まで聞いてもいまいち理解することができなかったあたしは、適当な生返事を返しながら酔っぱらった謙也を何とかバスルームに誘導させた。最初は単なる酔っ払いの戯言かとも思ったけれど、「よっしゃ! 頼んだでえ!」なんて大袈裟に喜んでいるあたり、一応は本気らしい。まあ、別にいいけれど。何しろ簡単だし、変に面倒なものをリクエストされるよりもかえってありがたい。 (カレーか。そう言えば謙也に作ったことあったっけ?) 次の日の夜、あたしはカレーの材料を買うべく最寄りのスーパーに立ち寄っていた。 ちょうど帰宅する直前。夕方のピークは終わっているものの、夜も夜でそこそこにお客さんがいるそんな中、入ってすぐの青果コーナーに並ぶ野菜をひたすらに吟味する。 簡単だなんて高を括っていたものの、一応リクエストである以上、そこそこのものを作らないとプライドが許さない。謙也がどうとかではなく、単純にあたしのプライドがだ。 言葉どおり、カレーは誰もが簡単に作れる上、よっぽどおかしな手を加えない限りそうそうまずくはならないメニューだ。ただ、だからこそ好みが分かれる。辛さは甘口か辛口か。ルーはどろどろ派かサラサラ派か。具はゴロゴロ派か細かい派か。肉は牛か豚か。もっとも謙也が、と言うよりも忍足家がそれぞれ何派かだったかなんてことは知らないし、任された以上はあたしの好きに作らせてもらうけれど。 「(にんじんと、じゃがいもと……玉ねぎは確かまだ家にあった気がする)」 既に何十回も繰り返していることとは言え、いかにもな二人分の食材を買うときはいまだに少しシチュエーションに酔ってしまう。まるで新婚みたいだって? いやいや、ただの同棲ですよ。それも、もうずっと、何年も前から気心が知れた相手との。 「腹減ったなあ」 「今日の給食何だっけ? あ、カレーだ」 「おっ、ホンマか!?」 「やだちょっと見て!? デザートにプリンまで付いてるんだけど!」 「嘘やろ!? あかん、神メニューやんけ!?」 ……気心が知れすぎているせいでときめきも何もあったものではないけれど(ってゆーか、よくよく考えたらあたしもめちゃくちゃテンション上がってたんじゃん。恥ずかしすぎて死にたい)、仕方がない。お互いにそんな相手を選んでしまったことはもちろん、何だかんだ言いつつ大きな不満はない以上、ある意味何の問題もないのだから。なんて。 そう、あたしはまるでそんな運命を受け入れるかのようにしながら、手に持ったにんじんとじゃがいもをごろりとカゴの中に放り込んだ。 「おっ、おかえり。待っとったで!」 帰宅した早々に視界に飛び込んできたのは、ソファの上でまったりとくつろいでいる謙也の姿だった。(こういうときに限ってあたしより早いんだよな……帰ってくるの) 既に楽な服装に着替えテレビにかじりついていたあたり期待はしていなかったけれど、ランプの点いた炊飯器からは香ばしくていい匂いがしていた。珍しく、ご飯だけは炊いておいてくれたらしい。 「で、買うてきたか? カレーの材料」 「うん、買ってきたけど……って」 ソファから降りるやいなや、いそいそとこちらにやって来た謙也はあたしそっちのけでスーパーのビニール袋をガサガサと漁っていた。愛しの彼女の帰還だというのに、あたしよりカレーの材料なのかと少しだけムッとする。まあ、考えようによってはそれほど楽しみにしてくれていたのだろうけれど。 「ん? 何やこれ? なあ、カレーにレタスとかきゅうりとか入れるん?」 「いや普通にサラダ用のなんだけど(入れるわけないだろ)」 「あー、サラダか! はいはい、なるほどな」 「あとこれ、プリンも買ってきた」 「お、ええな! ホンマ給食みたいや」 「でしょ? 神メニューの再現よ」 「神メニュー……あっ、やっぱお前覚えとったな!? 何やねん、夕べはしれっと『そうだったっけ?』とか言うとったくせに!」 「ふふ」 袋から取り出した材料を並べながら、こっそりと笑う。さっきの話じゃないけれど、気心が知れすぎているせいだろうか、とうに成人を過ぎた今となってもお互いの精神年齢は意外と変わらなかったりするのだ。もっとも、そろそろ変わらないと困るということはまた別の話として。 「まあいいや。とりあえずこのまま作っちゃうから、謙也はテレビ見てていいよ」 小さめのキッチンに申し訳程度に存在している調理器具と二人分のお皿。それらを用意していざ調理に取り掛かろうとするものの、当の謙也はなぜだかぴったりとあたしの背後に張りつき、そのまま動こうとしなかった。 「……何?」 「いや、暇やし作っとるとこ見とこ思って」 「……」 おそらく、本人が飽きるまでだろう。とは言え、無邪気に調理の工程を覗き込んでくる謙也に対して何とも言えない気持ちになる。 今更緊張するような間柄でもないし、謙也のこういうところは素直に可愛いとも思う。けれど、そもそも暇なら手伝ってくれればいいのに。手伝い一つしないどころかただそこに立って見ているだけなんて、邪魔か邪魔じゃないかで言ったら間違いなく邪魔だし、気も散る。ああ、本当に複雑。 「……別に見てても面白くないよ? 普通のカレーだし」 「いやお前が包丁持って台所立っとる時点でもうちょっとおもろ」 「どーゆー意味?」 「あっ、嘘! 嘘やて! って、お前包丁持って振り向くのやめや! 危ないやろ!」 ……前言撤回。やっぱり後者の方だ。ふん、と威嚇するように鼻を鳴らして調理に取り掛かる。 ザッと洗って切ったレタスときゅうり、そしてトマト。それらにコーンの缶詰めを添えれば、ものの五分もしないうちに何の変哲もない野菜サラダの出来上がりだ。 「ほらっ! 突っ立ってないでこれ運んで!」 「ひっ!? (おっかな!)」 怒りに任せてサラダのお皿を突き出すと、謙也はサーッと青ざめた表情をしながら慌ててそれを運んでいた。(まだ包丁じゃなかっただけありがたく思って欲しい) 気を取り直して、改めてキッチンに視線を向ける。切って盛って(ドレッシングを)かけるだけのサラダはよしとして、いよいよ問題のカレーだ。 全ての野菜は最初に皮を剥いて切ってしまう。にんじんとじゃがいもは適当な乱切り。玉ねぎはくし切りではなく、なるべく細めに切って炒めるがあたし流だ。 ごろりと置かれたまな板の上、いまだに収まらない謙也への怒りを込めながらザクザクと包丁を動かしていると、背後に再び気配を感じた。 ちらりと目線だけで振り返ると、懲りずにいつの間にか戻って来た謙也の姿があった。気まずそうなわりにニヤニヤしているあたり非常に腹が立つけれど、この際もう放っておくことにする。とりあえず、今はまな板を打つ包丁の音だけに集中だ。 「なあ、前から思っとんたやけどお前野菜の切り方デカない?」 「もう、いちいちうるさいな! あたしは玉ねぎ以外は具がごろごろしてる方が好きなの!」 「(ひっ!?)いや、せやけどにんじんはもうちょい小さめでも」 放っておこうと思ったにもかかわらず、いちいち余計な口を挟む謙也をキッと睨みつける。反省の色がないと言うよりは、もはや単純に空気が読めないらしい。もっとも、昔から変わらないことを言っても無駄なので、あたしはあえて謙也の意見は無視して切り方は変えず、何ならにんじんだけは当てつけのつもりでわざと大きめに切った。 切り終わったにんじんとじゃがいもを隅に寄せて、玉ねぎ、ついでに思い出したにんにくを一緒に刻む。(ちなみになぜか玉ねぎとにんにくに関しては特に何も言われなかった。さすがに空気を読んだのかどうかはわからないけれど、謙也の基準はいまいち謎だ)フライパンに油を引いて軽くそれを炒めると、ご飯が炊けたときと同様に香ばしくていい香りがしてきた。 「おっ、ええな。うまそうな匂いや」 やけに明るくはしゃぐその口調から何となく取り繕おうとしている感は否めないものの、ジュワジュワとフライパンから香るそれがあまりにもいい匂いなせいで、ついついどうだってよくなってしまう。謙也の空気が読めないところと同様、あたしもあたしでこんな風にちょっとしたことでどうだってよくなってしまうところは昔から変わらなかったりするのだ。 「飴色にするからちょっとだけ時間かかるかも」 「飴色? ああ、牛丼に乗っかっとる玉ねぎの色みたいなやつやろ?」 「……」 わざわざ手間暇掛けておいしいものを作ろうとしているのに、つくづくこんな、「牛丼に乗っかっとる」なんて言っている男のために癪だなと思う。(あながち間違ってはいないものの、気分の問題だ。せっかくお洒落に(?)"飴色"って言ってるのに) けれど、全ては愛のため。じゃない、あたしのプライドのためだ。誰が何と言おうとそこだけは譲れないところなので、決して勘違いしないように。 カレー作りもいよいよ終盤に差し掛かっていた。 切り終えた肉と野菜、そして、どうにかこうにか炒め終わったこだわりの飴色玉ねぎ。(てらてらと艶っぽく光っている。我ながら上出来だ)火にかけた鍋の中にそれらを入れたら、あとはもう。 「はい、あとはルー入れて煮込むだけ!」 そう、一息ついたところで新品の箱からルーを取り出す。結局、間を取って中辛。ちなみにルーだけは特にこだわりのないまま選んでしまったけれど、まあ、市場に出回っている以上何だっておいしいのだろう。 板チョコを割るように、パキパキと割っていく。あたしが生まれるずっと前からあるものだとは言え、非常に便利だ。 フツフツ。とろとろ。ルーを入れただけであっと言う間にカレーらしくなる。(ついでに匂いも。ああ、早く食べたい)鍋の中で溶けていくそれをゆっくりとかき混ぜていると、その様子をしげしげと見つめていた謙也がぽそりと呟いた。 「なあ、カレーのルーってどうやって作るんやろなあ?」 「えーっと、確か小麦粉とかスパイスとか混ぜて炒めるらしいよ。作ったことないけど」 「ほーん、そうやって一から作るんか。白石とか作れそうやなあ、何か」 「はは、確かに! 絶対一回は作ったことあると思う」 突如出てきた懐かしい名前に思わず笑みが零れる。(元はと言えばカレーを作ることになったのも昨日の飲み会が発端だったんだっけ。いいな、みんな元気だろうか) 「銀はボンカレーやな、ボン」 「!? ……いや待って待って、何でそこでいきなり銀さん出てくるの」 「ようわからんけどボンっちゅーイメージやん」 「何それ。千歳くんは?」 「千歳? あー、あいつはジャワやな」 「ジャワ(あっダメ、何かよくわかんないけどすごいじわじわくる)……ユウジと小春は?」 「ククレとマルシェ」 「ーっ! やめて、本当にそれっぽい」 ボンとジャワでじわじわきているところに、襲い来るククレとマルシェ。面白いかどうかは別として、謙也だからこそできるこういう会話はわりと嫌いじゃないから困る。 「ちなみにこれはバーモントなんだけど」 「んー、バーモントなあ……あっ、それ小石川や」 「小 石 川」 「楽しみやな、小石川カレー」 「(……もう、別に何だっていいけど)まあいいや、今のうちに洗い物……」 きっと、昨日の飲み会でも本当にずっとこんな会話をしてたんだろうなって思う。正直ちょっとだけ羨ましく感じてしまうものの、あたしはあくまでも調理中だ。下らない会話は一旦中断し、煮込んでいる間に洗い物を済ませてしまおうと思ったそのとき。 「、」 背後から肩にかけ、さりげなく腕が回されていたのはいいとして(いや、よくはないんだけれど)問題はその手の行き場だ。どさくさに紛れて胸元のきわどいとこギリギリに伸びている。……一体どのタイミングでそうなったのかはわからないけれど、とりあえず洗い物の最中に発情しないで欲しい。 「……どこ触ってんの」 「ええやん、スキンシップやろ」 「(はあ……こういうところも本当に何て言うか)……これと食べ終わったお皿、あとで全部洗ってくれる?」 「めっちゃ洗う」 「はは(バカだなあ、本当に)」 結局、うまいこと誘導させた結果もあり調理器具の(もちろん、このあと食べ終えるであろうお皿も含めて)洗い物は全て謙也に任せることにした。手慣れていない洗い物を必死にする謙也を尻目に、出来上がったカレーを盛る。ご飯の匂いとカレーの匂い。炊き立てと出来立てで、世界一いい匂いだ。 「おーい。とりあえず終わったでえ」 カレーとサラダ、そして、デザートのプリン。さすがに味まで、と言うわけにはいかないけれど、ちょうどあの頃の再現メニューをセッティングし終えると同時に洗い物を終えた謙也がのそのそとテーブルにやって来た。 「ふふ、お疲れ。冷めないうちに食べちゃお」 「せやな。って……ああ、やっぱデカいなあ、にんじん……」 「ねー! しつこい!」 「まあええわ。ほな早速味のチェックや」 「……(何だろう、よくわかんないけどすごいムカつく。この言い方)」 とりあえず、色々あったもののはたして味はどうだろうか。おいしい。微妙。まずい。(いや、さすがにそれはないと思いたい。こんな、飴色玉ねぎまで炒めたんだから……)当時とほとんど変わらず憎まれ口ばかり叩く謙也がどんな感想を述べるのかはまだわからないけれど。 「「いただきます!」」 たとえそれがどんな感想であったとしても、何だかんだで謙也と二人、こんな風に向かい合ってご飯を食べる時間がこの先もずっと続けばいいななんて思ってしまうのだ。 今日も、明日も。何年経ってもずっとね。 「うっま!」 「えっ、本当!?」 「ホンマやで。あかんこれめっちゃうまい! やりよるなあ……小石川」 「!? ちょっと、作ったのあたしなんだけど!」 (2019/05/01) |